17年6月29日 16:28

宗祖日蓮大聖人《平成26年 宗旨建立会 拝読御書》

  14年5月 1日 20:19   閲覧件数 581
『聖人御難事』 弘安二年十月一日 五十八歳

 去ぬる建長五年太歳癸丑(みずのとうし)四月二十八日に、安房国(あわのくに)長狭郡(ながさのこおり)の内、東条(とうじょう)の郷(ごう)、今は郡(こおり)なり。

天照太神のみくりや、右大将家の立て始め給ひし日本第二のみくりや、今は日本第一なり。

此の郡の内清澄寺(せいちょうじ)と申す寺の諸仏坊の持仏堂の南面にして、午の時に此の法門申しはじめて今に二十七年、弘安二年太歳己卯(きのとう)なり。

仏は四十余年、天台大師は三十余年、伝教大師は二十余年に、出世の本懐を遂げ給ふ。

其の中の大難申す計りなし。先々に申すがごとし。

余は二十七年なり。其の間の大難は各々かつしろしめせり。


(中略)


 而るに日蓮二十七年が間、弘長元年辛酉(かのととり)五月十二日には伊豆国へ流罪、文永元年甲子(きのえね)十一月十一日頭(こうべ)にきずをかほり左の手を打ちをらる。

同じき文永八年辛未(かのとひつじ)九月十二日佐渡国へ配流、又頭(くび)の座に望む。其の外に弟子を殺され、切られ、追ひ出され、くわれう(過料)等かずをしらず。

仏の大難には及ぶか勝れたるか其れは知らず。

竜樹・天親・天台・伝教は余に肩を並べがたし。

日蓮末法に出でずば仏は大妄語の人、多宝・十方の諸仏は大虚妄の証明なり。


(中略)


月々日々につより給へ。すこしもたゆむ心あらば魔たよりをうべし。


(御書一三九六~九七)