17年12月17日 20:39

宗祖日蓮大聖人《今月の御書 3月度》

  14年3月 3日 22:15   閲覧件数 639
『六難九易抄』 弘安元年七月三日  五七歳

 南無妙法蓮華経と唱ふる計りにて仏になるべしやと、此の御不審の所詮に候。

 一部の肝要、八軸の骨髄にて候。
 
 人の身の五尺六尺のたましひも一尺の面にあらはれ、一尺のかほのたましひも一寸の眼の内におさまり候。
 
 又日本と申す二つの文字に、六十六箇国の人畜・田畠・上下・貴賎・七珍・万宝一つもかくる事候はず収めて候。
 
 其のごとく南無妙法蓮華経の題目の内には一部八巻・二十八品・六万九千三百八十四の文字一字ももれずかけずおさめて候。

 されば経には題目たり、仏には眼たりと、楽天ものべられて候。

 記の八に「略して経題を挙ぐるに玄に一部を収む」と妙楽も釈しおはしまし候。

 心は略して経の名計りを挙ぐるに、一部を収むと申す文なり。

 一切の事につけて所詮肝要と申す事あり。

 法華経一部の肝心は南無妙法蓮華経の題目にて候。

 朝夕御唱へ候はゞ正しく法華経一部を真読にあそばすにて候。

 二反唱ふるは二部、乃至百反は百部、千反は千部、加樣に不退に御唱へ候はゞ不退に法華経を読む人にて候べく候。(御書一二三四)